年間カレンダー

七月(文月/ふみづき)の行事

↓下町七夕まつり
↓四万六千日とほおずき市
↓功徳日
↓雷除けのお守り
↓隅田川の花火

下町七夕まつり

3日~8日 かっぱ橋本通りにて

下町七夕まつり

国際通り浅草六区交差点から上野駅北側までを結ぶかっぱ橋本通り。長さ1.2kmのこの通りに七夕飾りが立ち並ぶ「下町七夕祭り」、趣向を凝らした七夕飾りが揺れて夏の浅草を涼しく飾ります。

詳細は下町七夕まつりホームページをご確認ください。

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四万六千日とほおずき市

9~10日

四万六千日とほおずき市

7月9日、10日の四万六千日の日、浅草寺境内は450店の「ほおずき屋」、350店の売店で埋まり、夜を徹して賑やかな売声は浅草の夜空にこだまします。この市の人気者、千成りほおずき(現在は丹波ほおずきが主流)は、たった2日間の浅草の四万六千日を目指して、春先から江戸川の鹿骨町で栽培されますが、天候に左右されて、出来不出来の多い植物で、不作の年には値段の高騰を招くと云われております。このほおずき市も200年近く昔の明和年中に起こったと云われ、山東京伝の「蜘蛛の糸巻」によると、芝青松寺の門前ら武家屋敷に奉公してていた仲間(ちゅうげん)が、6月23日の朝、庭を掃除中に一株の千成りほおずきを発見し、前夜愛宕権現の霊夢にあずかったことを思いだし、「6月24日の功徳日に青ほおずきの実を、愛宕の神前で鵜呑みにすれば、大人は癪の種(腹の立つ原因)を切り、子供は虫の気を封ずる。」と云うお告げがあったと吹聴した所、これを早速翌24日に試みる人があり、不思議と効能があった為、いつしか境内に御夢想の虫薬と称して、青ほおずきの市が立つようになったと云われています。この6月24日は愛宕権現の本地仏「地蔵様」のご縁日で、しかも四万六千日の縁日と呼ばれていました。だが元来、四万六千日は観音様の功徳日であった所からいつしか浅草にもほおずきの市が立つようになり、かえって愛宕をしのぎ盛大になったわけであります。因みに青ほおずきは漢方では、解熱剤や婦人の胎熱に特効があるとして、江戸時代に薬用として用いられて来ましたので、満更いわれのない事ではない様であります。

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功徳日

仏様には色々なご縁日があり、観音様のご縁日は18日、地蔵様のご縁日は24日とか、古くから云われておりますが、室町末期以降このほかに功徳日が設けられ、この功徳日にお詣りすると百日に向かうとか、千日に向かうとか、同じ功徳にあずかると云われ、いわば特別デーとして広められてきました。観音様の功徳日で日数の一番多いのが7月10日で、この日にお詣りすると四万六千日分に相当すると云うことで、江戸時代からこの日のお詣りが盛んになってきました。四万六千日と云う数については、諸説があり不明ですが、単に多いことと解釈して差し支えありません。いわば仏縁を結ばせる為に考え出された一つの方便云と云えましょう。しだがって、白米一升分は四万六千粒にあたり、この日観音様にお詣りすると、一生を通じて無事息災に過ごすことが出来るとか、四六時(1日)の千日分が四万六千で、これが根拠になったとか、源頼朝が石橋山の合戦に敗れ、源氏ゆかりの将兵を集めて、浅草寺境内に陣したときが7月10日で、その軍勢が四万六千騎あったことからとか、人間の最高寿命を指すとか、色々と云われておりますが、すべて茶飲み話の域を出ません。

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雷除けのお守り

雷除けのお守り

江戸時代にはアヅキ色をした「赤とうもろこし」が雷除けのまじないになると人気を集め、7月9日、10日の2日間だけ浅草観音の境内で売られてきました。ところが明治の初め不作の年があって、一軒もとうもろこし屋が出なかった為、参拝者の要望に応じ、浅草寺から竹串にはさんだ三角形の「雷除守護」のお札が出されましたが、これが次第に有り難がられるようになって、とうもろこし屋の方は影がうすくなり、昭和9年頃には全く姿を消してしまいました。

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隅田川の花火

最終土曜日

隅田川の花火

隅田川で初めて花火が打ち上げられたのは、江戸時代、享保18年(1733)5月28日と記されている。八代将軍吉宗が全国的な飢餓や悪病の流行など、暗い世相をなんとか打開しようと、水神の慰霊を行う際に両国橋付近で花火を打ち上げたそうです。以来、両国の川開きとして250年の伝統を保ってきましたが、交通その他の事情により、昭和36年を最後に中断しました。それが昭和53年、東京都や沿岸4区の肝いりで実行委員会が組織され、隅田川花火大会として復活しました。しかし会場は両国ではなく、今戸付近と駒形橋-厩橋間との2会場で、玉は小粒ながら15,000発の打ち上げ花火を上げ、見物客80万人を数え、大川端は17年ぶりに人出でごったがえしました。江戸の昔から隅田川は船遊び、花火といった市民遊楽の場となっており、その優雅さは北斎、広重、豊国、一景といった画家たちによって描かれている。観客も年々多くなり、夏の夜空の光の芸術を楽しむ風物詩となっています。

詳しい情報は、隅田川花火大会公式ホームページをご覧下さい。

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