
下町あたりの長屋では、江戸の昔から物知りなご隠居さんが八っあん熊さんを相手にうんちくを傾けていたものです。我が浅草槐の会も、そんな浅草の達人たちがずらり勢ぞろい。そこで、浅草槐の会のご隠居が教科書には載っていないような浅草ウラ話、思わず「へぇ~」な歴史のこぼれ話をご披露します。第1回目のお題は「三社祭」。
「三社祭4つ目の宮神輿!?」
浅草っ子にとって三社祭は正月と同じくらい大切なもんさ。花見のころから血が騒ぎ始めて、いざ祭りが終わるともう来年の祭りのことを考えてるんだからせっかちだよな。三社祭といやぁ神輿だが、三社さんの3つの宮神輿(一之宮、二之宮、三之宮)のほかに四之宮ってのがあってね。こいつは今戸あたりの材木商から寄贈されたものなんだけれど、宮神輿が三社様をご本尊としているのと違って、東照大権現、つまり徳川家康を奉った神輿として加えられたんだ。四之宮(しのみや)はほかの3基と形も違ううえに重くてね。四という数字のせいもあってか荒れる神輿で怪我が絶えなかった。だから威勢のいいヤツが度胸試しで担ぐっていう神輿でもあったらしい。
実は3つの宮神輿も、実際に担ぐための3基と、三代将軍家光の時代に作られた国宝の3基があったんだ。合計7基がずらりと並んだところはそりゃあ壮観だったよ。戦争で全部焼けちゃったがね。
「見立てを楽しんだ”連”の遊び」
祭りの楽しみといえば縁日のそぞろ歩きなんかもあるけれど、江戸時代から昭和の初めまで続いていた粋な楽しみ方の1つに「連(れん)」ってのもあった。神酒所(みきしょ)の横に置かれた大きな板に歌舞伎の芝居に見立てた飾りが施されていて、何の演目か当てさせるってものなんだ。例えばね、豆絞りの手ぬぐいに閉じた扇子またはキセルに鹿の子の和紙、さて分かるかい?答えは弁天小僧だ。
お次は紅白の手ぬぐいを幕に見立て、卵の殻は坊主の頭、長い扇子は番傘だ。これは何?そう、娘道成寺だね。
今回のこぼれ話を覚えていてくれようがくれまいがかまわねえ。神輿を担ぐ浅草っ子からあふれる熱気と心意気を生で感じることが祭りを楽しむ一番の方法だから。是非一度、遊びにいらっしゃい!
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