
歌舞伎に落語といったら江戸の芸能には欠かせないが、その大看板が襲名披露するってんだから、春から縁起がいいね。十八代目なんていうとピンとこねぇが、初代が中村座(当初は猿若座)を旗揚げしたのは、なんと寛永元年(1624年)。幕府の御用船「安宅(あたけ)丸」が江戸湾に入港するにあたり水夫の手をそろえる木遣り(きやり)音頭を勘三郎が任され、それが成功したご褒美にと「金」、「陣羽織」、そして船の覆いにしてあった「染め分け幕」を与えられた。これを定式(じょうしき)幕としたから、黒、柿、白三色の幕は中村座だけした使えないんだよ。江戸歌舞伎の発祥である猿若座、市村座、河原崎座の「猿若三座」を中心に、浅草にはかつて多くの芝居小屋があり、その賑わいは大変なものだった。仲見世を抜けて観音様にお参りし芝居見物を楽しんだ後、旦那衆はふらり吉原はたまた向島、、、。そんな粋な道筋も今は昔。猿若町っていう町名に名残があるが戦争で全部燃えちまったからね。
今回の襲名披露演目はどれも中村屋ゆかりの秀作揃いだが、初夏ならではの筋といい中村屋らしさといい「髪結新三」はお勧めだ。河竹黙阿弥の「梅雨小袖昔八丈」という芝居の前半部で、明治6年に中村座で五代目尾上菊五郎が初演した。芝居の面白さはお墨付きだが、随所に織り込まれた江戸らしさなど、細かい部分にも目を向けてもらいたい。
例えば主人公の新三は出張専門の髪結いだが、着ている浴衣が当時の大料亭「ひら清」の手拭いでできていることから、良い客筋を抱えていると見てとれたり、新三と家主の軽妙なやりとりや初夏の味・初鰹を売りに来る魚屋の威勢の良さなど、江戸風情が満載だ。
「髪結新三」は落語の高座でも多くかかる。歌舞伎とは趣の違う古典落語で同じ演目を楽しむのもまた一興だね。こぶ平師匠というとタレントとしての印象が強いが、近年は古典での活躍も目覚しい。「平成の勘三郎」と「平成の正蔵」。二人ともいい役者・噺家として精進しておくれよ!
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