出版物紹介

Vol.14「日本の扉 浅草」

掲載内容

  • 代表的催事(6月~8月)
  • 浅草周辺マップ(名所旧跡等)
  • 浅草エリアマップ(東西南北および中央部の5エリア)
  • 観る浅草(台東薪能)
  • 読む浅草「四万六千日」
  • この浅草(このまち)のことならオレに聞け!第6回「食と文化」
  • 浅草槐の会・マップリスト(会員店詳細)
  • 平成17年浅草歳時

この浅草(このまち)のことならオレに聞け!第6回「食と文化」

うなぎと天麩羅

暑くなってきたねぇ。うだるような暑さが続くと、精のつくものでも食べて元気を出そうじゃないか、てなわけで土用の丑の日にうなぎをかっこみに行くわけだ。土用は年に4回、立夏・立秋・立冬・立春の前18日間を言うが、一般的には立秋の前18日間の夏の土用を指す。なぜ「土用の丑の日」にうなぎを食べるのかってぇと、夏枯れてうなぎが売れなくて困る、と知り合いに泣きつかれた彼の有名な平賀源内先生が「土用の丑の日、うなぎの日。食すれば夏負けることなし」と文句を考えたら、こいつが大当たりしたというわけさ。

命名話をもう1つ。「天麩羅」は浅草に机塚のある戯作者・山東京伝が命名したという説がある。上方で魚のつけ揚げを売っていた男が、江戸で辻売りをしたい、と相談したところ、「天竺浪人がふらりとやってきて始めた」ので「天麩羅」と命名したとかしないとか。「天」は揚げる、「麩」は小麦粉、「羅」は薄い衣、という意味だそうだ。与太話かもしれないが、なかなか洒落てるねぇ。

庶民のための一大繁華街

「食」にまつわる四方山話は、江戸の昔から盛り場だった浅草にはゴロゴロある。おしゃれをして歌舞伎や寄席を見に出かけてご馳走をいただく、というのが庶民の楽しみの一つだったが、新しもの好きの江戸っ子のこと、それで終わるわけがない。うなぎや寿司などの高級志向に大きな変化が現れたのは、明治に入ってバーやカフェができ始めた頃。それぞれの店に看板娘がいて、その娘を目当てに通ったりしてね。色っぽい話がある方が店は繁盛するもんさ。

西洋料理や中国料理の店も軒を連ね、六区の映画館、劇場街、国際劇場ではSKDやエノケン・ロッパ、田谷力三などのスターが大活躍。明治の頃には一円もってりゃ一日遊べたとか。浅草は、庶民のための一大繁華街として花開いていったんだ、、、。食は人を呼び、文化を開かせる。浅草は今も昔も文化の発祥地だったってわけだ。

いけね、暑さにあてられてアツく語っちまった。熱を覚ましにちょいと馴染みの店にでも出かけてくるかな。

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