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バー、洋食

神谷バー

神谷バー

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店舗情報

電話
03-3841-5400
FAX
03-3841-5563
URL
http://www.kamiya-bar.com/
住所
東京都台東区浅草1-1-1
定休日
火曜日
営業時間
11:30~22:00(21:30ラストオーダー)
クレジットカード
不可
デビットカード
不可
創業
明治13年4月
店名由来
明治13年「みかはや銘酒店」の屋号で開業。明治45年店舗を西洋風に改造し「神谷バー」と名乗った。「バー」という称号を用いたのは、日本で初めてのことであった。
店内のご案内

1階 神谷バー

1階 神谷バー

ビアホールスタイルの1階は、お一人でもお気軽にデンキブランや生ビールなどお楽しみいただけます。おつまみ、洋風料理も豊富なメニューからお選びください。お子さまや甘党の方に、コーラ、ジュースなどソフトドリンクもございます。

2階 レストラン

2階 レストラン

家族づれやグループでのお食事に最適です。コック手作りの味を存分にお楽しみください。またご宴会に人気のビュッフェコースはボリューム満点で、ワイン、生ビール、デンキブランにもピッタリです。お子さまにはパフェが好評です。
ご宴会料理:40~80名様くらいまで

3階 割烹

3階 割烹

鍋料理、お刺身、天ぷらなど季節の和風料理をお好みの方には、静かな落ち着いた雰囲気の3階割烹がおすすめです。寄せ鍋を肴にデンキブランを一杯、といった組み合わせは割烹神谷ならではです。お座敷席をご利用にあればゆったりとおくつろぎいただけます。

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トピックス

現在ありません。

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おしながき

2階 レストラン

ビュッフェコース(3,000円、4,000円)
鉄板焼コース(3,000円、4,000円)
ディナーコース(3,000円、4,000円)

3階 割烹

ご宴会料理:(¥5,000~7,000)。このほかご予算、お好みに応じてご調整いたします。

神谷バーの電気ブラン

神谷バーにデンキブランと名付けられたカクテルが登場して、およそ百年の歳月が流れています。その間デンキブランは、浅草の移り変わりを、世の中の移り変わりをじっと見てきました。ある時は店の片隅で、またある時は手のひらのなかで ― 。電気がめずらしい明治の頃、目新しいものというと”電気○○○”などと呼ばれ、舶来のハイカラ品と人々の関心を集めていました。さらにデンキブランはたいそう強いお酒で、当時はアルコール45度。それがまた電気とイメージがダブって、この名がぴったりだったのです。デンキブランのブランはカクテルのベースになっているブランデーのブラン。そのほかジン、ワインキュラソー、薬草などがブレンドされています。しかしその分量 だけは未だもって秘伝 になっています。あたたかみのある琥珀色、ほんのりとした甘味が当時からたいへんな人気でした。ちなみに現在のデンキブランはアルコール30度、電氣ブラン<オールド>は40度です。
大正時代は、浅草六区(ロック)で活動写真を見終わるとその興奮を胸に一杯十銭のデンキブランを一杯、二杯。それが庶民にとっては最高の楽しみでした。もちろん、今も神谷バーは下町の社交場。仕事帰りの人々が三々五々、なかには若い女性グループも、小さなグラス片手に笑い、喋り、一日の終わりを心ゆくまで楽しんでいます。時の流れを越えた、じつになごやかな光景です。明治・大正・昭和・平成、時代は移っても人の心に生きつづけるデンキブラン。デンキブランは下町の人生模様そのものです。一口、また一口とグラスを傾けると、時がさかさに動いて、見知らぬ 時の見知らぬ人に逢えそうな、そんな気がしてくるのです。

神谷バーの生ビール

アサヒビールから直送された生ビールを専用の500Lタンクにて、徹底した品質管理を行っております。繊細でクリーミーな泡の蓋が最後の一口まで風味を逃しません。泡にこだわった何杯でも飲める生ビールです。デンキブランと交互に飲むのが「カミヤ流」です。

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地図

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会員のご紹介

神谷 直彌(かみや なおや)

昭和39年11月28日 目黒区で生まれる
平成3年11月1日より浅草で仕事を始める

中学生の頃から漠然と、だけどしっかりと私が父の仕事を手伝うようになるだろうと考えていました。私には、妹が一人いるだけでしたし、父が会社で苦労をしているだろうことも感じていました。大学を卒業し、4年半の間会社勤めをしました。最初の2年間は苦しくもありましたが今思うととても楽しい思い出です。お得意先と夜遅くまで飲んだ後、家に泊めていただいたり、土曜も日曜もなく働きまわったのも若さのなせる技であったと思います。店に入ってからは、初めのうちは人手不足に泣かされましたが現在では、若い社員も増え、皆と一緒に幸せをつかみたいと思っています。下町らしく人情味溢れる接客と、安くて美味しく特徴のある料理を提供し、お客様に喜んでいただきたいと考えています弊店の建物は大正10年から使用しています。これを維持しつつ、新しいものにも挑戦していきたいと思います。

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