
明治33年(1900)東くめ女史作詞、滝廉太郎作曲の歌碑。昭和37年建立。

江戸時代仁王門前に安政7年(1860)に建てられた物の復元。昭和32年建立。江戸時代には至る所で目にした迷子しらせ石標も、現在では菊屋橋の永見寺と湯島天神境内、そして浅草寺のものだけとなった。この石標は正面に「南無大慈悲観世音菩薩まよひこのしるべ」と書いてある通り、迷子や尋ね人の掲示板の役割を果たした。石標の左側には「たずねる方」と刻まれている。迷子や尋ね人を探す方の人はここに貼り紙をして知らせ、右側の「しらす方」では、心当たりの方が知らせるようになっていた。裏には「安政七年庚申歳三月建、施主新吉原松田屋嘉兵衛」とあるように、安政の大地震による廓の犠牲者の慰霊碑である。

上面に仏足が陰刻され、側面に由来が刻まれている。明治10年造。

原型は高村光雲仏師、鋳造は津田信夫氏。明治36年(1903)東京市が境内の噴水池に造献したもの。
こまがたどう
駒形堂あさくさかんのんかいさつひ
浅草観音戒殺碑かみなりもん
雷門あさくさぶんかかんこう
浅草文化観光センターすたーのひろば
スターの広場かわたけもくあみ
河竹黙阿弥顕彰碑げいのうもん
田原町駅 芸能紋はなしづか
はなし塚そうごでん
宗吾殿おかざきやかんろく
岡崎屋勘六の墓くぼたまんたろう
久保田万太郎生誕の地せかいのたいこしりょうかん
世界の太鼓資料館いけなみしょうたろう
池波正太郎記念文庫てぷこあさくさかん
テプコ浅草館えんのすけよこちょう
猿之助横町碑おおとりじんじゃ
鷲神社みちびきちょうたろう
道引長太郎地蔵尊みやとざあとひ
宮戸座跡之碑あさくさふじせんげんじんじゃ
浅草富士浅間神社さるわかさんざ
猿若三座まつちやましょうてん
待乳山聖天へいせいなかむらざあとち
平成中村座跡地いまどじんじゃ
今戸神社いまどやき
今戸焼はなのひ
花の碑やまのじゅくのわたし
山の宿の渡したけやのわたし
竹屋の渡しすみだがわのふねあそび
隅田川の船遊びうばがいけひ
姥ケ池碑すけろくかひ
助六歌碑くほんじだいぶつ
九品寺大仏うれしのもりいなり
嬉の森稲荷みめぐりじんじゃ
三囲神社ちょうめいじ
長命寺あさくさみつけあとひ
浅草見附跡碑もくぼじ
木母寺